日本人って、基本、清潔なイメージがある。
いつも洗濯の効いた服を着て、常にお風呂に入り、日本の公共トイレはどこもピカピカにきれいし、道路にゴミ箱がなくてもゴミが落ちていない。不衛生な環境に対しては敏感に反応する。
昔、子供の靴下が真っ白なのは、日本人とスペイン人だけ、って言われたことがある笑。
日本のすごさを表すニュースもよく聞く。
例えば新幹線の掃除。
これは数分のうちにピカピカに仕上げるプロ集団みたいな動画を見たことがある。
これは専属の人達なんだろうか?
学校の放課後の掃除
子供たちが自分たちで掃除をする、っていうのは世界でも珍しい習慣だと思う。
この習慣は他国の人からは驚かれる事が多い。
欧州でもアメリカでも、清掃会社と契約をしていて、掃除の方が来て、学校全部を掃除してくれる。
会社のお茶出し、布巾がけ
これも、同様。女子社員が朝早めにきて机を拭いたり、お茶を用意したり、っていうのはもう最近はないのかもしれないけれど、社員が交代で担当する、という文化が存在していたと思う。
欧州では個人に任せるとやる人、やらない人が出てくるし、やらなくてもいいのならやらない方が得?みたいな感覚があるので、お掃除は業者に任せる、お茶とかコーヒーは支給されたものを勝手に飲む、みたいなのが一般的だ。
会社側としても、福利厚生の一部として、逆にある程度貢献しないといけないみたいだ。
家の前の掃除。
日本は当然、住んでいる人達が自分の家の前の掃除を受け持つ。
ゴミは収集場まで規定の時間にもっていって、網をかけておく仕組みだ。
またゴミ収集所などは、地域とか自治体が主体になって担当を決めたりしてキレイに保つようにしていると思う。
欧州だと、公共の道路はコミューンの掃除の方がやってくれる。
ゴミ収集も、ごみ袋は家の前に出しておくだけで、収集車が各家の前に置かれているごみをひとつづつ持って行ってくれる。アパートなどは収集場があるかもしれないが、基本、ごみを集める場所はない。
で、思ったんだけれど、日本ってそういう衛生面とか、お掃除とか、そういったところを「個人」の判断に任せて、個人の道徳心でやり切ってきている感じがする。
日本はその上、同調圧力が強いから、ちょっと面倒でも手間でも「でも、これをやっておかないと、他の人からどう言われるか・・・」とか「私がやらないと、ご近所さんに迷惑だし・・」とかいうプレッシャーがあるし、また、それに従うという道徳心を持ち合わせているので、個人的に頑張るという方向へ行くのかもしれない。
欧州ではそれがない。
他人は他人。自分は自分。やりたい人はやったらいいけれど、私はやりたくないのでやらない、っていう理論が通るし、だからと言って誰もその人を非難したりしない。そういうものだ、っていう感じだ。
もちろん、私のおうちの近所の人たちでコンポストを管理していて、ボランティアで皆さん参加してやったりしているので、誰もやらない、というわけではなく、好きな人が集まってやる、というのはある。でも、このコンポストに参加しなくても全然ひけめは感じない。
ということで、欧州だと、個人の裁量なんかに頼ってられんわ!っていう事で(笑)、国が行政の一貫として手当をする。結局国が頑張る。
日本で残念だな、って思うのは、これだけ国民が優秀なのに、国が「頑張らない」事だ。
私が言いたいのは、お掃除だけではなく、国が国民個人の頑張りに任せることに慣れっこになってしまって、怠けているように見えることだ。
時々国を挙げてやろうとしていることは、机上の理論だけで作った的外れなことが多かったり・・そんなイメージを持ってしまう。
欧州でも、物価が上がってぶつぶつ言ってるし、タックスにごっそり持っていかれるんだけれど、そのあたりを見ていても、そんなに生活が苦しくて、とか、ストレスが溜まって、っていう事なく、普通に仕事をして、好きな趣味をやって、あちこち行って、それなりにゆるりと暮らしていける。
最近は日本の暮らしが大変、っていうニュースを見るたびに、あんなに頑張ってるのに。もうちょっと国が頑張っていろいろやってくれたら、きっともっとよくなる素質がある国なのに、残念・・って感じました・・