昔、ベルギーに来た頃、日本人がオーナーのホテルでフロント業務のバイトをしていた。
もともとの募集要項に日本語が話せること、という条件に惹かれて(笑)、応募した。
日本人のお客さんに対して日本語で応対する、というのが狙いだったみたいだけれど、日本語は喋れるけれど、英語もそこそこ、仏語においては、半年学校に通っただけだったので、かろうじて現在形、過去形、近未来、までの文法をとりあえずマスターしている程度、活用形になると、呪文のようにジュから唱えないと出てこない。とりあえず簡単な挨拶はできるかな…そんな私を採用してくれたオーナーさんには感謝しかない。
ここでは朝番の時は、朝7時から午後3時まで。主にチェックアウトトとその清算、あとは清掃の方たちと連携をしながら(おしゃべりしながら?)、午後の当番の方へ引き継ぎのために空き部屋の確認、次の予約の手配、などが主な業務だ。
遅番の時は午後3時から午後11時までで、これはチェックインがメインで、お客さんからの要望を聞いたり、手配したり、鍵の受け渡し、部屋の割り振り、連絡メモの作成などだった。お客さんのチェックインの後はかなりヒマになり、これは同僚のレセプションの人としゃべったり、バーに来るお客さんの軽口につきあったり、夜が長いシフトだった。
仏語圏だったので、内勤の人たちの会話はほぼ仏語だった。
当時の私は仏語は超ヘタッピイだったけれど、ホテル勤務の同僚たちはみんなとても親切で、気さくで、ヒマな時間はしゃべりかけてくれるし、つたない話も相槌をうちながら聞いてくれるし、本当にここで私の仏語が上達したといっても過言ではない。
私もその頃は勉強もしていたし、仏語も頑張っていたので、わからない単語はカタカナで書き溜めて、家に帰ってから辞書を引いて調べる、という面倒な作業をずっとやっていた。
今みたいに携帯で翻訳はなかったし、ウェッブ翻訳ですらなく、ひたすら辞書を真っ黒になるまで引いていた。他の方の迷惑は顧みず、レセプションの裏側に、カタカナで書き留めている文章や単語も貼ってあった。(そのカタカナを読み上げるとスムーズにしゃべれる笑。)
なので、聞き取りでカタカナから仏語に直す、という技術は誰にも引けを取らないと思う。(自慢できるか?笑)。
ホテルでは、朝番の時には朝ごはん、遅番の時は夕ご飯がホテルから提供される。
もちろん、自分でもってきてもよいし、必ず食べないといけない、という事ではない。
シェフにお願いすれば作ってくれる。
朝ごはんは大体、自分でレストランに行って勝手にパンとコーヒーをもってきて、レセプションの裏で食べていた。
夕食の時は、こちらは自分で調達するか、シェフにお願いして作ってもらうことが多かった。
その遅番のある日、同僚が遅い時間にシェフにお願いして何か作ってもらっていた。
それがトーストみたいな上に白いチーズがのっかっていて、横に少しサラダがついている私が見たこともない不思議なお料理だった。
「何なの、それ?」
「Chèvre chaud au miel よ。
シェフが作ってくれるわよ。」
シェーブル・ショー・オ・ミエル。温かいシェーブルチーズ。
これが私が初めてこのお料理に出会った最初の場面だ。
早速シェフにお願いしてみる。
「後で、私にもフレデリックのと同じのを作ってくれる?」
その時お料理を作ってくれていたのが、フランス人の、ぼってり太ったシェフ。
トーストもチーズと同じように丸く型抜きして、トロリと蜂蜜がかかりクルミが散らしてあって、とてもおしゃれなお料理に仕上げてくれた。
チーズもややあったかい程度で、クルミと蜂蜜が少しかかってヤギのチーズの酸っぱさを緩和してくれる。トーストのカリカリとマッチして、こんなおいしいもの、あるんだーって感激した。
この30年前の思い出から Chèvre chaud au miel ー 温かいヤギのチーズと蜂蜜のサラダー が好きで、今まで食べ続けている。

思うに、好きな食べ物って、どこか何か思い出とリンクしているのかもしれない。
初めての仏語でのお仕事。初めてみるお料理。恐る恐る口にしてみたら、その美味しいこと!
その時の感激と一緒にお料理の味が脳裏にしみついている。
この場面でこの料理に出会ったからこそ、味覚が脳裏に焼き付いている。
もしかして、違うところで出会っていたら、ここまでの感激はなかったのかもしれない。
そんな気がして、ふと考えてみた。
皆さんは何か美味しいお料理との出会いの思い出、ありませんか?
